イセ モノガタリ ケツギショウ
細川幽齋著
図書
2冊 ; 27.8×20cm
写本 [複製済(913.32-H94)]
文祿五年仲春十五日自跋
薬袋紙表紙
用紙斐楮混漉紙
十四行
奥書(上巻)「此闕疑抄上下兩冊被許書寫之間則染愚筆/可謂此物語之奥祕者也不可忽之猶注下/卷畢 慶長第二丁酉冬十月初三書之 也足子素然御判」「此抄所許書寫於法眼祐孝也/慶長十九年八月廿日 親衞羽林郎源通村 印(源衞)」「右鈔以故中院入道中納言殿/御自筆本書寫之訖/慶長第十九秋八月廿四日 法眼祐孝」
(下巻)「此物語の抄出年ころあらましなから華夷のいと/まなくてむなしく過侍るにこのころ/八条宮講讀つかうまつるへきよしかしこき仰/ことをたびたびうけたまはり侍るによてもとより/の志もしきりにもよほされつゝ三光院内府その/かみしるよししはへりし長岡といふ所にて御講尺/有し聞書殘りとゝまりしを見いて侍るその/おりの嚴命に予か外祖父環翠軒宗尤/逍遥院殿へ聽聞せしを惟清抄となつけ侍し/則その趣をもて有餘不足をわきまへよと侍しかハ/をろかなる心にかたの屋うに引合てしるしつけ/侍る抑この講義惠雲院殿大覺寺准后義俊/聖護院准后道増其外宗養紹巴なとにいたり/てうけたまはりをよひしをはしめとして愚見/肖聞等の諸抄をあはせ御説の義にしたかひて/これを用捨せしむ論語に多聞闕疑愼言其/餘則寡尤といへりよて闕疑をもて此抄出の名/とすそのこころあまれりやたらすやといふへき/ものか干時文祿五年仲春十五日にこれをおふる/者也 法印玄旨判」「此闕疑抄上下幽齋老新作之處也旨趣見奥書/予亦被草之時侍几下仍被免許書寫深祕凾/底莫出窓外耳/慶長第二孟冬十五夜終功訖 也足叟素然御判四十二歳/同十八日午尅全部一校朱點等了/此抄正本之草幽齋玄旨自筆/中書宗巴法師/清書村牛孝吉 奥書玄旨自筆/外題素然書之 同加朱點了」「右此鈔者法印玄旨著作也子細見彼奥書/爰法眼祐孝就予被求此物語之講/雖然依不堪許此本書寫是爲拒/其責也追而有亡父卿考勘之事等/堅可被禁外見而巳仍聊記之/慶長第十九南呂仲浣/右中將水源通村 印(源衞)」
日本
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細川 幽斎 (ホソカワ ユウサイ)
NDC8:913.32
NDC9:913.32